2009年9月14日月曜日

チャンネル・トンネル

イギリスとフランスを行き来するには、飛行機、電車(ユーロスター)、そして車のいづれかの手段を選ぶ。車だとドーバー(Dover)とカレー(Calais)かディエップ(Dieppe)を結ぶフェリーか、ユーロトンネル(英仏海峡トンネル)で横断することになる。車のフェリー乗船は日本でも目にすることはあるが、車でトンネルを横断するとはどういうことか?私は最初、車がユーロトンネルの中を走行するのだと思っていたらMon mariに笑われた。「違うよ、車が電車に乗って、その電車がトンネルの中を走るんだよ」と。でも車が電車にどうやって乗るのか想像できなかった。日本の青函トンネルの中を車が横断するなんて聞いたことないから、この体験、知らない方にご紹介します。

今回、結婚式の後、ChauffeurであるMon mari とともにレスターからパリまで、400キロ以上を車で南下した。

英仏海峡トンネルは英語でChannel Tunnel と呼ばれる。トンネルはイギリス側のフォークストン(Folkstone)駅と、フランス側のカレー(Calais)駅で結ばれている。

これがフォークストンのChannel Tunnel 駅の入り口。高速道路の料金所みたい。英国用右ハンドル、大陸用左ハンドルの車、両方の車種がチェックインできるようになっている。


この機械で事前予約したe-ticketから搭乗券を受け取る。このあと、イギリス出国審査とフランス入国審査の窓口でパスポートを提示してから、テロ警戒対策のために、車の中を入念にセキュリティ・チェックされる(この場面は撮影禁止なので画像省略)。そして、その後、ターミナルビルで、トイレ・コーヒー休憩、おみやげなんかも買う。


すべての用事が済んだので、これから乗車。2番線プラットフォームに向う。


プラットフォームはこんな感じ。一般車両は二階建て。手前の入り口がが二階へ、向こうの入り口が一階へと入る。前方車両はバスとかSUVなど、車高の高い車専用。


私たちは二階へ行くことに。この入り方、縦列駐車並みのハンドルさばきが必要。私だとあちこちボコボコぶつけるだろう(笑)。


中に入ったあとは前にずんずん進み詰めていく。


そして停車した後はこんな感じ。1両に5台前後が入る。


フォークストンからカレーにまでおよそ30分。Chauffeurはつかの間の睡眠。
鼻ぶくちょうんちんを出して寝ているので、寝顔はモザイクでちょっと失礼。


到着、いよいよ降車。イギリスと違い、外は陽がさして明るい。


さあ、フランス、カレーに到着。しばらくイギリスで左側通行だったが、ここからは右側通行。30分後は右脳と左脳を上手に使い分けて、安全運転!欧州の人たちは短時間で右側通行、左側通行を切り替えられるので、本当に関心します。

2009年9月12日土曜日

ぶたスライス

今日は、前回のコラムからガラッと変わり、ドメスティックなお話。

以前ちらっとお話したように、最近、フードスライサーを購入した。時々肉の塊を買ってきて、まとめてスライスして冷凍保存しておく。

昨日、豚肉をスライスした。下のように見事な薄切り肉が作れる。
厚さ2ミリがしゃぶしゃぶに丁度いい舌触り。


ということで、夏の夕食にぴったしの、わたし風豚しゃぶサラダができた。ごまだれソースをかけて食べたら、舌がとろけそうになりました。(お皿はWedgewood の傑作品、"お尻プレート")。
やっぱり海外ではスライサー、必需品ですね。

2009年9月9日水曜日

英国結婚事情 その3

イングランドの田舎に住むイアン君とロズちゃん、ともに28歳、まだ若く、お金もそんなにない。ロズちゃんの両親も結構高齢、そんなカップルは豪華なホテルやホールで披露宴を行なうことはできない。自分の身の丈にあったやり方を考える。結果、彼らは「Farmhouse (農家)」の一施設を借りた。昨今、農家は農業だけで生計が立たないことが多く、空いている場所をB&B(宿泊所)や結婚披露宴、多目的パーティ用に開放し、副収入を得る。イアン君たちが選んだのは、Tilton-on-the Hill 村のHalstead House Farmという所。表通りからかなり奥に入った、静かで落ち着いたFarmhouseだった。農家といっても、かなり広大な敷地と立派な建物を所有している。

まず、Framhouseに着くと、裏庭でAperitif (食前酒)のもてなしが始まる。イギリスの夏は、Pimm's(ピムズ)というリキュールをレモネードで割り、オレンジ、レモン、グレープ、ミントなどのフルーツを入れて飲むのがポピュラー。写真で皆が手にしている、茶色の飲み物がピムズ。何故か、ストローで飲むのです。中央にいるのがロズちゃんとお父さん。


Aperitif と軽食をつまんだあと、披露宴へ。会場は、離れの納屋か倉庫を改造した所らしい。入り口にはサーフィン好きなイアン君のサーフボードに座席表が書かれていた。各テーブルはオーストラリア、ニュージーランドのビーチ名が付けられており、私たちはオーストラリアのBell's Beachのテーブルへ。


席には、新郎新婦のお母さんたちが焼いた名前入りのクッキーが置かれていた。家族や知人が一生懸命、手伝った手作り結婚式というのが感じられる。


メインコースは、この農家産直のお肉と野菜のよう。英国の伝統料理、ローストビーフとヨークシャー・プディング、そして温野菜。


ひな壇はこんな感じ。手前からブライドメイド、新郎の父、新婦の母、新郎、新婦、新婦の父、新郎の母、そしてベストマン。


招待者はおおよそ80名。司会者などはいない。まず、最初に乾杯して皆黙々と食べる、そしてしばらくして、ひな壇にいる新婦の父、新郎、そしてベストマンがスピーチを述べる。日本のように湿っぽくない。とにかく、ユーモアたっぷり、ジョーク満載で、会場がずっと笑っている。そして両家はお互いに対して、「Welcome to our family!」と言い合う。新婦が新郎の家に嫁ぐ、などという感覚は全くない。それと、日本にある、お色直しとか引き出物という習慣はない。


私たちも、よく食べて飲んだ。目の前のグラスはすごいけれど、このグラス分全部飲んだわけではありません!(苦しい言い訳・・・)

そしてケーキカットの後はダンス・タイム。


最後は新婦もこのように80年代のディスコ・ミュージックに陶酔していました。お疲れ様でした。

2009年9月8日火曜日

英国結婚事情 その2


式はおごそかに執り行われた・・・と言いたいところだが、実際はそれほどかしこまったり、深刻な雰囲気は感じられなかった。近年、英国国教会は女性の聖職者も認め、女性のVicar (牧師)が急増している。St. Helen教会の牧師も女性。勿論、厳粛な結婚の儀式のプロセスは適切にこなしなしつつも、この牧師は暖かく、とてもユーモアのある人柄で、参列者を笑わせたり、新郎新婦をリラックスさせるのが上手だった。上の写真は夫婦の誓いの言葉を交わす新郎新婦(クリックすると拡大します)。

新郎新婦、証人による署名のあと、一同退場(一番左が牧師)


新郎新婦が教会から出た瞬間は、ライス・シャワーでなく、サプライズでスコットランドのバグパイプの演奏で彼らを迎えた。あ~、見つめ合う二人・・・


ロズちゃんとブライド・メイドたち。ほんと、可愛いですね~。(写真右がちょっと切れてしまったが・・・)


バグパイプの演奏者と新郎の父、デイビッドと一緒にワンショット。


式が終わった後、イアン君と彼の友人が調達したクラッシック・フォルクス・ワーゲンのワゴンで披露宴会場へ向う(彼はVWの愛好者で、ポンコツのVWを自分でみごと修復し動くようにしてしまった)。リムジンなどをハイヤーしないところが個性的で自分たちの主張をあらわしている。

2009年9月7日月曜日

英国結婚事情 その1

先週末に、Mon mari の甥(妹の息子)の結婚式に出席した。場所はイギリス中部のレスター地方の村。新郎のイアン君と新婦のロズちゃん、とても可愛くて、心温まる式だった。

英国の結婚式は何度か出たが、階級や経済力の違いはかなり感じる。上流階級やお金持ち、それ以外でもお金をかき集めて見栄を張る人たちは高級ホテルや、いわゆるナショナル・トラストに指定されている領主の館やホールで行なう。その他、お金の無い人、もしくは、たかだか1日のために大金を使いたくない人は、結婚登録所(Registry Office)で市民婚を行い、その後で家族や親しい友人と小規模な食事会を開く。

イアン君やロズちゃんの結婚式は、現代のWorking Middle Classの標準というところだ。ちなみに、英国では結婚式の費用は伝統的に花嫁の家族が全部負担するそうなので(つまり花婿側はほとんど払わない)、女の子の多い家庭だと、嫁に出すのは相当大変だ。結局のところ、結婚式のグレードは両親の経済力に依る。

まず、式が行なわれる教会に行く前に、ドレスアップで忙しい新婦を除き、皆で教会の近くのパブに集まって、ビールとBacon & Butty (ベーコン・バーガー)を口にする。要は皆、一杯ひっかけて腹ごしらえして教会に行くのだ。勿論、ここに新郎もいる。まあ彼は緊張するのである程度酔わないと式に臨めないのかもしれない。写真はジョージというパブ。テーブルの上にベーコン・バーガーがある。式は12時半からだが、午前11時過ぎには皆がこうして集まりわいわいがやがやと新郎をひやかして賑わう。私もパブに赴いたが、さすがに午前中からアルコールは飲めなかった。日本では式は厳粛におごそかに行なうため、その前に一杯ひっかけるなんてとんでもないことだが、結婚式をリラックスして楽しむという意味ではこんな習慣もなるほどと思った。

式はGreat Oxendonという村のSt.Helen教会で行なわれた。こじんまりして、家庭的なアングリカン教会である。入り口にはUsher(式次第を配る受付人)がいる。そうそう、新郎、その父(写真左)、およびBest man(新郎の付添い人)、Usher などの男性関係者は、タータン・キルトを装っていた。新郎の父がスコットランドのアバディーン出身なので、この家の男性正装はキルトだそうだ。新郎の母はイギリス人なので女性側は特にスコットランドの伝統は関係ない。それと結婚式では伝統的に女性は帽子をかぶるのだそうだが、最近は帽子はかなり減っており、何もつけないか、もしくは大きなコサージュを頭につけるのが流行っているよう。下の写真は伝統的帽子をかぶる花嫁の母。

2009年9月5日土曜日

アフタヌーン・シャンパン

週末にかけてイギリスに向かった。Mon mariは用事があるので水曜に車で先に出発、私は電車で後から追っかけた。パリの北駅からユーロスターに乗りロンドンまで2時間40分の旅。開通当初はウォータールーがロンドンの終着駅だったが、市の中心部に駅を移すために、大幅に改修工事されたセント・パンクラス駅が二年前にオープンした。駅構内は見事に復活したかまぼこ型の屋根からさんさんと陽が入り、明るく壮観である。

ユーロスターは1年に3-4回乗るのだがセント・パンクラスはいつも素通り。でも以前からどうしても駅構内で行きたい所があった。今回は同じセント・パンクラスから国内鉄道に乗り継ぐことになり、待ち時間が45分ほどあったので、その念願の場所に立ち寄れた。

その場所とは・・・ 
「St. Pancras Grand Champagne Bar」。

全長96メートル、世界一長いシャンパン・バーである。この長いバーからユーロスターのプラットフォームを眺めてシャンパンをすするのである。 何となく、旅のセンチメンタリズムをそそる空間・・・
でも、96メートルもあると、ウェイター、ウェイトレスも給仕に大変そう。

セント・パンクラス駅はその昔、ノッッティンガムから搬送されたビールを貯蔵する巨大セラーが地下にあって、ロンドンのパブの配給源だったそうだ。それにちなんでか、ユーロスター開通とともにビア・バーでなくシャンパン・バーを作ってしまった。

ということで、おひとり様でもカウンターでなくソファのお席にご案内された。ウェイターのお兄さまは何とフレンチ・ソムリエ。どのシャンパンがいいのかわからないが、とりあえず「ドンペリ」なんかどうかしら?とメニューをみたら1杯26ポンド(約4千円以上)。ひぇ~、私の身分では無理だなと悩んでいたら、お兄さまは、プレジデント・サルコジのワイフがお気に入りの、「Philipponnat Cuvée 1522 Vintage 2000」というのを勧めてくれたので、それを注文した。なかなかソフトな口当たりで大変満足、カーラ夫人を思い出しながらほろ酔い気分になった後、ミッドランド鉄道に飛び乗った。

お会計はシャンパンとスモーク・サーモンで、しめて20ポンド(約3千円)。年一の贅沢なアフタヌーン・シャンパン・タイムでした・・・。

2009年9月2日水曜日

本当のイングリッシュ

いわゆる正真正銘のブリティッシュ・イングリッシュとか、クイーンズ・イングリッシュとは英国内で話されている言語と思っていたのだが、実はそうでないこ とを最近知った。では、どこかの国や地域で昔からの「正統なブリティッシュ・イングリッシュ」が話されているのだろうか・・・?

言語学者によると、それはアメリカ東部のニュー・イングランド地域なのだそうである。そう、世界史で学んだ、メイフラワー号にのった「巡礼の始祖たち(ピルグリム・ ファーザーズ)」が上陸した地である。つまり、200年以上前に移住した英国人の英語がその地域にはそのまま残っているのだ。アメリカは広い大陸なので西の辺境に向うにつれ発音も変わってきているが、マサチューセッツ州地域だけはまだ独立前の当時の美しい古典的(?)なブリティッシュ・アクセントを固持しているそうだ。多分、巡礼団が来てから、時間が止まってしまっているかもしれない。他方、英国内の英語は歴史とともに変化、進化していわゆる昔の伝統的な発音は絶滅しているらしい。

そういえば以前、ニュージーランドの友人がボストンに行ったら、「彼らの英語はバリバリのブリティッシュ・アクセントで驚いたよ!」と言っているのを思い出した。英国人のMon mariも、200年前の英語が残っている唯一の地域はニュー・イングランドであるという意見には同意している。

さらにそれを裏付ける笑い話がある。Mon mariが90年代の初めにアメリカ国内を旅行した。時はイラン・イラク戦争が勃発した頃。彼はコロラドかユタあたりの中西部の国内線空港の待合室にある テレビでそのニュースを見ていた。同じく搭乗を待っていたアメリカ人と戦争の是非に関して あれこれと話を始めたところ、そのアメリカ人からいきなり、「Are you from Boston?」と聞かれ、Mon mariは一瞬絶句した。しばらくして考えたらそう聞く理由が理解できたそうだ。当然だがMon mariは極めて現代的な英国英語を話す。が、ローカルな空港でもあり、相手は自国を出たことのないアメリカ人だったようで(現代の英国アクセントとか聞いたことがない?)、 Mon mariが話す英語はどことなく東部の巡礼英語の響きに似ているので勘違いしてしまったそうだ。

正統なフランス語がどこで話されているかは知らない。でも異なるアクセントがあるのは確か。例えば、カナダ・ケベック州のフランス語はフランス人からすると相当なまっているらしい。フランス人はカナダ人の話し方を真似してからかう。メトロでフランス語を話しているカナダ人がいるとパリジャンはジロジロ見たり、私の知人のフランス人は「聞くとおかしくて」とクスクス笑う。

そういえば、私が大阪に行ったとき、電車の中で関東弁をしゃべったら周囲からジロジロ見られたのを思い出した。同じ言語でもアクセントが異なると、何か特別な目で見てしまう人間の心理は不思議だ。